事件・事故後のトラウマ症状  症例集

 

症例をご紹介します。

 

事例1〜交通事故目撃後、過覚醒とフラッシュバックに悩むA子さん

 

A子さんは20代のOL。帰宅途中、交通事故を目撃してしまった。交差点で子供がトラックに跳ね飛ばされ、血まみれになって倒れていたのだ。

 

子供の周囲には人だかりができ、A子さんもその中にいたのだが、倒れている苦しそうな表情をした子供の顔を見てしまった。何かしてあげたくても何もすることができない。体がすくんでしまって、体がうごかない。

 

「がんばれ、と声をかけてあげようか」
「顔をふいてあげようか」
「いや救急車を呼ばなければ・・」

 

いろいろなことを思うのだが、体が動かない。
その場に立ちすくんだまま、救急隊が来て、子供が運ばれていくのを見つめていた。

 

翌日の新聞には事故にあった子がなくなってしまったことが載っていた。

 

A子さんの変調はその日からはじまった。

 

仕事をしていると急に、血まみれの子供の顔がふいに浮かんでくるのだ。突然前触れもなく、その場面が頭に浮かんでしまう。

 

夜もなかなか寝付かれないようになった。床についても目が冴えてしまい、びっしょりと大汗をかいてしまう。
寝付いたかな、と思ってもすぐに目が醒めてしまう。夜中に10回以上目が醒めることもあった。

 

夜寝ないので当然体も重い。仕事のミスも重なってくる。
それを咎める同僚とのいさかいも増えてきた。

 

ただ、自分も言い過ぎていると思う。なぜあそこまでムキになってしまうのだろう。今まではこんなことはなかったのに・・・

 

ここ最近続く心身の不調は「自分に対する罰があたっているのではないか」とふと思う。

 

「自分は事故現場で、もっとやるべきことがあったのではないか?救急車を呼ぶなり、人工呼吸するなり・・・・自分がきちんと対処していればあの子は助かったのではないか?」

 

「自分は何もできなかった」
そんなことを思うと胸がギュッと苦しくなる。

 

これから自分はどうなってしまうのだろう。

 

注 複数の事例を組み合わせた架空の事例です。

 

●解説

 

交通事故現場に遭遇したあと、「過覚醒」の症状がでていているケースです。

 

「不眠症状」や「フラッシュバック」などの症状がでてきています。こうした症状は事故などを経験した方に広くみられます。

 

しかしながら「フラッシュバック」は怖いものですし、こうした経験をしてしまうと「自分が壊れてしまったのではないか」という気持になり心配になる方が多いです。

 

多くの場合心身の不調は一過性のもので終わりますので心配はいりません。

 

この症例のA子さんの場合、「自分はもっと現場でやれることがあったのではないか?」とか「自分がうまく対応できれば子供は助かったのではないか」という自責感に苦しんでいます。

 

事故現場に遭遇したときなどはどうしても自責感を感じてしまうものですが、多くの場合事故現場においては適切な対応をしていることがほとんどなのです。

 

事故を防げなかぅったり、被害の増大を食い止められなかったことがあったにしても、それは不可抗力であったり、「他の誰であってもどうにもできなかったこと」がほとんどです。

 

こうした自責感は、現場の状況を再現する形で語ってみると、減少してくることがよくあります。

 

語ることにより「自分はできるだけのことをしたのだ」とか「慌ててはいたけれど自分は適切に対処していたのだ」ということに気づくことができるからです。

 

自責の感情が苦しい方はカウンセラーに相談してみるのもいいでしょう。

 

ただし、不眠やフラッシュバックが1ヵ月以上続いている方は医療機関に相談してください。

 

 

事例2〜交通事故を経験したBさん

 

Bさんは会社の同僚4人と一緒にタクシーに乗って移動中、事故にあった。乗っていたタクシーが大型トラックと正面衝突したのだ。

 

助手席に乗っていた同僚とドライバーは死亡。後部座席に座っていたCさん自身は奇跡的にかすり傷で済んだ。

 

1週間ほど会社を休んだあと、復職。ところが体が思うように動かない。

 

名前を呼ばれても、すぐに返事ができない。

 

業務にも集中できない。一瞬我を忘れてぼうっとしてしまうのだ。なにか周囲の風景もリアリティがなく平板なものに感じる。映画をみているような気がして現実感がない。

 

思考もうまく回らない。ケアレスミスの続く毎日。

 

なによりも異変を感じるのは、「自分の感情が感じられないこと」だ。
事故のとき、一緒にいた人が亡くなられているのに、悲しくないのだ。

 

どうしたんだろう?
自分は冷たい人間だったのだろうか?

 

亡くなられた方と生き残った自分。
生き残ってしまったこと自体申し訳なく感じてしまう。

 

注 複数の事例を組み合わせた架空の事例です。

 

●解説

 

事故後のショック症状が「麻痺」として表れているケースです。

 

感情が感じられないのは防衛本能が事故のショックから自分を守ろうとするためであり、人間として冷たいからではありません。

 

突然大切な方が亡くなられたりした場合に多くみられる反応ですが、反応に自分自身が驚いてしまい、ご自身を責めてしまうケースもまた多いです。

 

こうした反応に苦しむ方は、むしろ優しくて温かい方が多いのです。

 

優しいが故に事故に責任を感じてしまったり、大きく悲しんでしまうことが多いため、体の中の防衛本能があえて「感情を麻痺させて悲しみを感じさせないようにして」このピンチを乗り越えさせようとしているのです。

 

事例3 夫が自死により亡くなったCさん

 

C子さんは30代の主婦。「うつ」を患う同い年の夫、3歳になる息子との3人暮らし。

 

夫のうつは一進一退。二か月ほどの休職のあと会社に復職はしたものの、突然会社を早退してきたり、「朝起きれない」という理由で会社を休んでしまったり・・・・

 

「もう治ったか」と思えば調子を崩し、ゴロゴロと家で寝ている。

 

「もういい加減にしてほしい。はやく元気になってバリバリと働いて欲しい」

 

そう言いたい気持ちを抑え、C子さんは子育てをし、何も言わず夫を支えてきた。

 

ある日の朝、C子さんがパートに出かけようとしていたら、夫が玄関口でふいに手を引っ張った。

 

驚いたC子さんは夫の手を振り払い言ってしまった。

 

「もういい加減にして! 自分のことは自分でやって!」

 

 

その日、パートから帰宅してみると、夫は亡くなっていた。自室で自ら命を絶ったのだ。

 

救急車が来て、そのあと警察が来て、その日のことはよく覚えていない。

 

葬儀のときには親戚にいろいろなことを言われた。

 

「あなたが気づいてあげなければならなかったんじゃないの?」

 

「本当に前触れはなかったの?」

 

「あなたがしっかりしていれば、夫は死なずにすんだんじゃないの?」

 

あの日、夫の手を振り払ったことは恐ろしくて話せない。

 

誰にも言えない。

 

本当に自分が殺したようなものなのかもしれない。

 

注 複数の事例を組み合わせた架空の事例です。

 

事例 4  職場の同僚が自死により亡くなったDさん

 

Dさんは20代の男性。保険会社で営業をしている。

 

ある日、外周りに出ようとしていたら、同僚のEさんが声をかけてきた。

 

「いろいろ世話になったね」

 

もともとそれほど仲のいい奴でもない。

 

最近遅刻が目立ついい加減な奴。

 

Dさんは気にもとめずに営業に出かけた。

 

外回りを終え、会社のビルに向かっていくと、玄関先にパトカーがとまり、警官の姿が見えた。

 

何事かと思って近づいていくと、玄関先に上司がいた。

 

なんでも2時間ほど前、Eさんがビルの屋上から飛び降りたのだという。

 

Dさんは一瞬頭がまっしろになった。

 

その後Eさんの葬儀は終わり、社内も落ち着いてきたように思う。

 

しかしDさんはあの日以来眠れなくなってしまった。

 

少しうとうとしたかな?と思ったら、夜中の2時ごろに突然目が覚めてしまい、そのまま朝まで眠れない。

 

なんとなく食欲もなく、休日も何もせずボーっとしてすごしてしまう。

 

もともと釣りが趣味で休日には必ず出かけていたのに、今は出かける気もしない。

 

「あの時異変に気がついていれば・・・」

 

Dさんは自分を責め続けている。

 

注 複数の事例を組み合わせた架空の事例です。

 

●事例3 事例4の解説

 

自死の兆候をつかむことは非常に難しく、ほとんど不可能といってもいいと思います。

 

あとになって、「あのときのあの一言が原因かな」とか「あれがサインだったのかな」とか思ったりするものですが、実際にそうかどうかはわかりません。

 

事例3で、「手を振り払ったのがきっかけ」と感じる女性の例を紹介しましたが、本当にそれがきっかけだったかどうかは実際のところはわかりません。

 

人が亡くなるときは「何か一つだけの理由」や「何か一つだけのきっかけ」が原因となることはほとんどありません。

 

事例3 事例4の場合、「亡くなるきっかけ(と思われる)出来事」を人に話せない、打ち明けられないという苦しみにおいては共通しています。

 

こうした苦しみは「安全な場所で語られる」ことにより緩和されてくることがよくあります。

 

自責感をためこむことが大きな心身の負担となり、うつ状態に陥ることがよくあります。

 

事例4の場合、はやめに専門家に相談することが望まれます。